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こんにちはーーーーっ。 おひさしぶりです。 中村司でーす。
主治医から「治らない」「切るしかない」と宣言され、ヘコんでしまった。。
そんな経験を持つ人、けっこう多いですよね。よく聞きます。
医者から「治らない」「切るしかない」と言われれば、断言されれば、「ああ、もうダメなのかも。。」と思っても仕方ないかもしれませんね。
数日たって気を取り直して考えはじめます。
「そういえば最近、他の医者にも診てもらうセカンドオピニオン(第2の意見者)というのがあるってテレビで見たし、いっちょ、次の医者にも診てもらうかな」
ということで他の病院も廻る。。
結果は同じだった。
今度は、第3の意見者にチャレンジ。
意見は少し違うけど、最終的には似たような見解。
実はここに書いたのは、私の患者さんのよくある例です。
みなさん医者を3軒、4軒と廻ってから、私に頼んできます。
「もうちょっと早く来てくれるとお互いありがたいなあ」と思いつつ・・
私、中村司が接する患者さんはこういう人が多いのですが、一部にとんでもない奇跡が起きます。
| 少なくとも大部分の患者さんは痛みが抑えられる、という事実があります。 |
周りから見ると、とても不思議な結果らしいのですが、私にも理由はわかりませんでした。
もちろん、東洋医学の力は絶大です。すっごいです。
最近、なぜなのか、わかってきました。私にあり、他の先生にないもの。。

患者さんは一刻も早く治りたいと思っています。
ところが、なにをしたら良いのか患者だけでなく、ほとんどの医者もわかっていません。
主治医が「治らない」「切るしかない」と言う理由は考えたことありますか?
| 「教科書に載っていない」→だから「治し方はありません」と言ってるだけです。 |
誰でもそう思うでしょう。
大学や学校による4年や6年の勉強で充分ではない、って。
国家資格を取ってからがホントの勉強です。スタートラインに立ったに過ぎないと思います。
ところが、国家資格を取ったことがゴールだと考えている「先生」があまりに多いことにあきれました。「資格を持っている我々を保護しろ」とか言い出します。
卒業の時にいらない教科書を捨てるのですが、一緒に「努力」という2文字も捨ててしまったようです。「先生」と呼ばれると身分がグレードアップするようです。
たぶん、医療の教育制度が良くないのではないかと。。
どんなに優秀でも劣等生でも全く同じ期間、(3〜6年間)在学しなければいけません。
上下関係で詰め込み教育をされます。すごく苦痛なことですよね。
しかも、先生が年寄りだから内容が古いんです。
30年も前のデータを受け継ぐんです。メリットと共に大きなデメリットもあります。
あと、1つ裏話というか、当たり前の話をしましょう。
どんな集団でもそうですが、優秀な人はごく一部です。 (^。^;)
きっと1割とか、せいぜい2割です。
有名な 「2 対 6 対 2」 の法則。
懸命なのは2割 普通は6割 あとの2割についてはコメントを差し控えます。
医学は権威でごまかすのがうまいです。
出身校、肩書きや学位ってそれほど治療に関係しないと思いますが、高齢の患者さんがけっこうありがたがってくれるので重宝するらしい・・
こんな話を聞いたんです。
| 患者さんが「先生、この薬を飲んだらこんな湿疹/しっしんが出てきたよ」と言ったとたん「そんなはずはない。テキストにそんなことは書かれていないし、そんな報告もない」と断言したドクターがいます。 |
みなさん、どう思いますか。
私ならきっと患者さんがそう感じてたら「そんな例もあるかもしれないね。今後気をつけておきます」と言うでしょう。
体のことは本人が一番知っています。かなうわけないです。
「このあいだの治療の結果はいかがですか」と確認し、教えてもらいます。
| 我々は客観的な立場から、主観的、悲観的になりがちな患者さんに、今までの経験から推定できるいい方法を教えてあげる |
これが最善の方法です。
これ以上の方法を私は知りません。
今、流行りのコーチとかコーチングに近いかな。
マラソンの高橋尚子を大きく育てた小出監督を思い出してもらってもよいかもしれません。
中村は「教科書」はベース/基礎にしながら、多くの変わった実験をしてきました。「どうしたら痛みが半減するか」、これがメイン・テーマ。
なにしろ、私も交通事故の後遺症を持つ身だし、祖母の関節リウマチ、祖父の腎臓がんに対処したり、課題には事欠きません。
いろいろ工夫しながら、自分の体や患者さんの治療の結果を検討していました。
それは、日本のトップレベルの先生に多く接していたから、彼らの常識を超えた能力を知ってしまったからです。
大きな声じゃいえないけど、彼らはホントにすごいです。スーパーマンみたいです。。
早めに楽になる、という最大の結果を出すためになにをしたら良いか。
患者さん、ご家族はこの一点、切実に願っていることでしょう。
患者さんの痛みを解消してくれるのは、小手先のテクニックではありません。
つまり、医者に頼りきりでは「治るものも治らない」ということ。 |
3つ、ポイントを言います。
1.心の持ちよう
2.優先順位による治療と、結果のチェック
3.シンプルな注意事項の実行 |
これが全て。
ストレスや恨みがあると、病気になったり痛みが強くなるんです。
あなたの病気の原因はなんにしろ、発現したのは「不幸なこと」がキッカケになっていることが多い。
だから「病気の特効薬は、幸せ」な気持ちなんです。
・・・ 誰がなんといおうと事実です。
これらの対処が、仏教思想に昔から存在していたことに気づきました。
改めて驚いています。
| 「身(行為)・口(言葉)・意(意識)の浄化」「改善の4つの決断」などです。 |
人間の心の要素は今も昔も変わりません。
「行為・言葉・意識の3つしかないんだなぁ」と改めて実感。
仏教などの文化が2千年以上続いてきたのは「信じる、信じない」という単なる宗教上の理由でなく、先人の叡智が散りばめられているからではなかったかと思ったしだいです。
東洋医学が何千年も続いてきたのと、同じような理由なんですね。
そういえば、日本に東洋医学が伝えられたのは仏教とほぼ同時でした。
530年代と記憶しています。昔は僧侶が治療していたんですよね。鑑真和上も薬学の大家です。確か日本にレンコンを持ち込んだと思います。
そう考えると、治療師は坊さん的な要素があったほうがよいかもしれません。
弘法大師(空海)と中村天風・師についてはご存じかと思います。
最近、治療について「空海さんや天風さんならどう治すかな?」と考えてみたりします。
「もし、病気になった場合、だれに助けてもらいたいか」と言われたら、空海さんと天風さんなんです。
宗教家と思想家なんですが、いろんな分野で一流の結果を出している超・天才の二人ですし、病気を治すのもとても上手いだろうと思います。
「心(精神)と体」の関係とはどういうものか、と考えると、奈良の大仏とそれを守る大仏殿、あるいは、神様本体と建物としての神社にあたるでしょう。
両方合わせて、神の住まう神殿ということになります。
つまり、厳密にこの2つを分けるのは難しい。不可分ではないかと言いたいのです。
| 同じ療法で治療をしても治る人、治らない人がいますが、その差は偶然生じていません。「必然の産物」なのです。 |
心(精神)を土台とした基礎治癒力の差が原因です。
信念の強い時代、昔の人はもっと病気の治りは良かっただろうな、と推測しています。
私も含め、現代人は信念が弱いようです。教育制度や拝金主義が関係しているかもしれません。お互い一度反省すべき点ですね。
ここで私の秘密の治療法の一部を公開しましょう。
ふつうの治療なら現代東洋医学でいいのですが、かなり効果がアップします。一般的な教え、顕教に対して、密教的な東洋医学について。
例えば「ありがとう」という言葉を何回か繰り返すだけで痛みが和らぎます。
だから病気の人には「1時間に5千回「ありがとう」を頭の中で言ってください」とアドバイスします。
(もちろん、否定的な言葉は口にしないようにします)
変形性股関節症の人は片方の足が短くなると「伸びた」と言うだけで長さがきれいに揃います。
これら2つの言葉は、きっと真言にあたるのでしょう。この話はわかる人だけわかっていただければ良い、と思います。
なお、自分でできて、抜群に効果のある方法は他に2つほどあると考えています。合わせて「3種の神器」とでも呼ぶものです。
これに対して、現代思想は人間の要素をとても安っぽく見ています。
例えば人体を元素として計算すると、ひとり当たり千円にもならないようです。たった数百円です。あなたは納得できますか?
また、生命保険の金額計算では「年収×年数」ですが、人間ってそんなに安っぽいものなんでしょうか。
東洋哲学による、神の住まう神殿、この言葉がピッタリだと思うのです。
神殿である身体を大切にしましょう。
先日、大型スーパーに出かけたところ、募金活動をしている人を見かけました。
「国境なき医師団にけっこう寄付してるし、今回はやめておこうかな」と一瞬思ったけど、「頑張ってるようだから少しでも入れてあげよう」と思って寄付したんです。
それだけで、、 (^○^) 幸せな気持ちが1日続きました。
ほんのちょっとでも寄付できるってありがたいことですね。今ある、いろんなことにありがとう。
ジャスコの前に立ってくれていた人にも、とっても感謝です。
あ(^○^)り(^。^)が(^∇^)と(^O^)う(^ー^)ノ

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