第35号 「3rd Life」
- 卒園式2014.09.30
- 20周年2014.09.30
- 『撲のいた時間』~PART3~2014.09.30
- ~旦那後記~2014.09.30
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卒園式
朝、目覚めるなり「あー緊張するぅ」と大きな声でつぶやくこうちゃん、卒園式当日は寒いながらも雲一つない快晴となりました。
振り返れば1歳4ヶ月から埼玉、大阪、東京と4つの保育園へ通ってきたこうちゃんですが、無事卒園を迎えることができました。
こうちゃんが産まれた2007年、埼玉は待機児童が多く、最初の保育園は自宅からちょっと離れた送迎付きの保育園でした。
その後、自宅から徒歩で通える保育園に転園、その保育園で大阪に戻るまでの日々を過ごしました。
保育園までわずか15分の道のりですが、私はベビーカーを押しながらいつもこうちゃんに話しかけて歩いていました。
その影響か、埼玉在住なのにこうちゃんはコテコテの関西弁で、本当によくしゃべる子になり、保育園の先生やお友達にも関西弁を伝染させてしまうほどでした。
病気の発症を機に私の生活拠点を大阪に移したことで、こうちゃんも大阪の保育園へ転園となりました。
最初はこうちゃんと手をつないで歩いて通っていましたが、病気の進行に伴い車での送迎となり、やがては母にお願いするようになりました。
笑いの聖地で育っている大阪の子どもたちはとてもハングリーかつアグレッシブです。
こうちゃんはガツガツと踏み込んでくる子が苦手で、最初はその勢いについていけず夜になると泣いていたのですが、
案外すぐに溶け込み「早く明日になれへんかなぁ」と言うまでになりました。
そして家族3人での生活をスタートさせるために上京、4つ目の保育園で、無事卒園を迎えることができました。
この数年で私たち家族はいくつもの試練を乗り越えて強くなりましたが、そこにはいつもこうちゃんの頑張りがありました。
こうちゃん自身も感じるものがあったのでしょう、卒園式の合唱では表情も歌声も崩さず、それでも頬を涙がつたう『男泣き』を見せてくれました。
その姿がとても格好良く、こうちゃんの母親になれたことを本当に幸せに感じました。
子どもに「平凡でも普通の幸せ」を願うのが一般的な親かもしれませんが「普通って何?平凡な幸せなんてあるの?」と思っている私は
「自分を信じる強さと自分を守る適当さ」を持って、何にでも挑戦して欲しいと思っています。そして何よりも自分を大切にできる人でいてくれたら嬉しいです。
20周年
1994年3月に脳内出血で倒れてから20年になりました。
16年目にALSを発症したことを思うと、なかなかの人生だと改めて感じています。
以前友人に「辛いことを経験して人間は成長すると言うけど、あんたどこまで成長する気やねん!」と言われたことがあるのですが、
20年の歳月を経て私は人間として成長できているのでしょうか?
半身マヒになった当初、「半身マヒでも好きなものを食べることができて、思ったこと感じたことが言えるのは幸せ。
それも出来なかったら耐えられなかったはず!」と本気で思っていたのに、今はそれなりに順応しながら生活しています。
これを成長と捉えるのか、ただ単に打たれ強いだけなのか、とても微妙なところです。(^^ゞ
この20年、自分で車を運転し、ジェットスキーやスノーモービルにも挑戦し、マヤ遺跡ではチチェンイッツァのピラミッドに登り、さらには出産まで経験し、誰も予測しえない人生を自ら開拓してきました。
そう思えばALSになってまだ5年、開拓の余地は充分にあると思っています。
生きる目的と意義を持って自分を信じて歩いていれば、きっとそのうちに治療法も見つかることでしょう(*^^)v
『撲のいた時間』~PART3~
ALSを題材にしたドラマ「僕のいた時間」が終わりました。
命の選択を迫られたとき、生きるのも死ぬのも相当な覚悟が必要です。
私は自分の意思で「生きる」ことを決断をしたと思っていたのですが、ドラマを見終えたとき、不思議と「私は生かされているんだ」と感じました。
その理由はいくつもあるのですが、最も象徴的なのは呼吸困難で意識を失い気管切開に至ったときのことです。
それまで入院を拒み続けていた私ですが、なぜか体調不良をきっかけに自分から母に頼んで入院の段取りをつけてもらい、週末に東京から戻ってきた主人に「今日は病室に泊まって欲しい」と頼みました。
入院も主人に泊まってもらうことも、それまでの自分の行動からは考えられないことでした。
そして主人が泊まってくれた深夜、突然呼吸困難に陥り、集中治療室で気管切開の処置を受けました。
これがもし自宅だったら…主人がいなくて自分でナースコールが押せなかったら…と思うと、本当に絶妙なタイミングだったと思います。
もし私が「生かされている」のであれば、「人口呼吸器は治療法が見つかるまでの代替治療である」ことを、自ら証明できる日は近いと信じています。
~旦那後期~
最近どんどん生意気になってきたこうちゃん。
「パパ麦茶もってきて」というこうちゃんに「自分で持ってきて」と返すと、「今日のご飯は全部差し入れなんだから麦茶くらい持ってきて!」などと言い返してきます。
そんなこうちゃんですが、パパが作ったご飯を「美味しくない」とは絶対に言わないのです。
失敗したときでも「ちょっとしょっぱいけど大丈夫」といってくれるこうちゃん。
子どもながらも「守るべき一線」を自分の中できっちりと決めているようです。
なんだか男の子ですね。